研究テーマ (研究内容の経緯と理解の参考に) Research themes
インタラクトームとは?
ゲノムプロジェクトで全配列が読めても,遺伝子の約半数は機能推定不能だった。タンパク質の機能を知るには、そのタンパク質が相互作用する相手を見つけることが重要だ。何故なら、タンパク質が生物学的な機能を発揮する際には必ず他の生体分子と相互作用するからだ。これら生体分子の相互作用の総称をインタラクトームと呼ぶ。 しかし今、インタラクトーム解析は壁にぶつかっている。機能的解析には,これまでの相互作用のカタログづくりから、メタインタラクトーム解析による時間的、空間的なネットワークの機能的解釈へ進化する必要がある。そこが決定的に欠落している。それぞれの相互作用がいつ、どこで、どのくらい起こるのか?それを世界で初めて,我々が捉えることに挑戦する!
インタラクトーム医科学研究室では,「がん細胞」と「がん細胞集団」の多様性と個性を理解し制御するために、独自に開発した日の丸印のテクノロジーを利用したパーソナルゲノム時代(個別化医療時代)の「インタラクトーム医科学」を実現することを目標とし、以下の3つのテーマを柱としている:
- 技術を拓らく:動的インタラクトームネットワーク解析によるがん個性と社会の理解
- 技術を極める:革新的メタインタラクトームネットワーク解析技術の研究開発
- 技術を活かす:相互作用領域(IR)を利用したドメイン標的創薬とモデルマウスの開発

1.技術を拓らく:動的インタラクトームネットワーク解析によるがん個性と社会の理解
今や、2人に1人が「がん」になると言われる時代となった。がん細胞、特にがん幹細胞の多様性の理解と制御のために、がん研究者、インフォマティクス研究者、インタラクトーム解析研究者が協力して、時系列的ながん“オミックス”データ解析により、がんをシステムとして理解(「システムがん」することを試みる。がん“オミックス”データ解析のために、日の丸印のテクノロジー(ピューロマイシンテクノロジ)を用いて、定量的で信頼性の高い動的タンパク質間相互作用ネットワーク解析を実現するための「インタラクトーム解析パイプライン」の構築をめざす。スパコンを用いた次世代シーケンサ解析による「がん」インタラクトームネットワーク解析を実現し、大量に産出されるインタラクトームデータのデータベースの基盤として、タンパク質間相互作用領域データベース(IRView)やタンパク質—RNA相互作用データベース(PRD)の開発と公開も進めていく。
2.技術を極める:革新的メタインタラクトームネットワーク解析技術の研究開発
がん個性の理解のためには、様々ながん細胞を比較して、その多様性を解き明かす必要がある。現在、次世代シーケンサの登場で、一挙に10万倍ものデータ解析が可能となり、これまでの解析では成しえなかった“細胞丸ごと”解析を実現することが可能な技術基盤は整っている。そして、細胞における様々なレベルでの生体分子のオミックスデータとして、ゲノム、エピゲノム、RNA発現プロファイルに加えて、プロテオームデータの次世代シーケンサによる網羅的データが所望されている。日の丸印のインタラクトーム解析ツールを土台として、時空間的なインタラクトーム解析技術として「革新的メタインタラクトーム解析技術」を開発し、次世代シーケンサの細胞内外丸ごとPPI解析によるパーソナル“インタラクトーム”解析時代に対応する技術の確立をめざしている。
3.技術を活かす:相互作用領域(IR)を利用したドメイン標的創薬とモデルマウスの開発
がん治療薬として、正常細胞も攻撃するこれ迄の抗がん剤の問題を解決するために、副作用の少ない分子標的薬が次々と開発されるようになって来た。本研究室のインタラクトーム解析技術によって解析された網羅的なタンパク質間相互作用は、分子のみならず相互作用ドメイン(相互作用領域:IR)を明確にすることが可能であり、創薬ターゲットとしてのドメインの抽出により、ドメイン標的薬の開発のための情報がえられる。「がん遺伝子P53のユビキチン化を阻害する相互作用ドメイン」などの情報を用いて、「がん」を治療するための「ドメイン標的創薬」や、ターゲットタンパク質を時系列的に可逆的変化させることが可能な画期的な「がんモデルマウス」開発のための基盤を確立することを目指している。
研究経緯と実績About Our Research
★ 日の丸印のピューロマイシンテクノロジの誕生
1995年頃、試験管のなかで機能を持った物質を進化させる実験として、RNAに機能を持たせる研究がいくつか発表された。次は、試験管内でタンパク質を進化させたい!そう考えて、我々は、試験管内でタンパク質の進化を研究するためのツールとして、ピューロマイシンを利用したin vitro virus (IVV) 法(図1A)を世界に先駆けて日本発の日の丸印の技術として独自に開発した。IVV法を開発していて偶然発見したピューロマイシンの新たな特性(低濃度で全長タンパク質と連結)を利用して、C末端ラベル化法(図1B)も同時に開発した。二つのツールを総称して「ピューロマイシンテクノロジ」と名付けた。
図1

A. 無細胞翻訳系のリボゾーム上で合成された表現型であるタンパク質とその遺伝子型であるmRNAがピューロマイシンを介して共有結合した対応付け分子をin vitro virus (IVV)と名付けた。
B. ピューロマイシンの濃度を低くすることにより、無細胞翻訳系のリボゾーム上で合成された全長タンパク質のC末端にピューロマイシン誘導体(蛍光色素付加化合物など)が結合できる特性を発見した。これを利用した技術がC末端ラベル化法である。
★ ポストゲノム時代の機能解析:世界初の領域情報レベルの相互作用解析
2000年、日の丸印のピューロマイシンテクノロジの研究がよちよち歩きを始めた頃( E. Miyamoto-Sato et al., NAR, 2000)、ライフサイエンスが大きな転換期を迎えていた。その年の6月、国際ヒトゲノム・プロジェクトを率いたトップサイエンティストであるCollinsが、全ゲノムの90%を解読したとして、ホワイトハウスでドラフトを公式に発表したのである。全ゲノム配列を手中にした科学者達は皆、あらゆる可能性に満ちたDNAの文字列に魅了され、そこに書かれている宝の山(生命の謎)を読み解こうと勢い立った。世界中がこの発表に衝撃を受け、ポストゲノム時代が始まった。日本でも、文部科学省などにより、いくつものゲノム関連プロジェクトが推進された。
そこで我々は、ピューロマイシンテクノロジを、このポストゲノム時代の解析ツールとして、タンパク質の機能解析に応用することを試みた。ゲノム時代の膨大なデータを扱う研究は、解析ツールの開発のみならず、情報処理的な解析アプローチが必要となり、横串型の領域融合研究に発展した。IT企業との産学連携の共同研究を通して、ピューロマイシンテクノロジをタンパク質相互作用解析(PPI)に応用し、ハイスループット化した(E. Miyamoto-Sato et al., Genome Res., 2005)。
PPI解析ツールとしてよく知られている方法は、酵母ツーハイブリッド法(Y2H)とタグ精製法であるTAP (Tandem Affinity Purification)-MS (質量分析)法である。しかしながら、これらの方法では、生きた細胞を使用するために、毒性やライブラリーサイズの制限などの問題があった。我々の方法は、これらの欠点を克服する手法である。
文科省ゲノムネットワークプロジェクトでは、IVV法の自動化ロボットによる大規模解析システムで、世界初の領域情報レベルのヒト転写因子の相互作用解析に成功(参照:日経バイオテクの記事)し、論文を発表し、データを国立遺伝学研究所(リンク)から公開した(E. Miyamoto-Sato et al., PLoS One, 2010)(図2)。これらの成果が評価され、研究室PI(宮本悦子)は、2010年6月,第3回資生堂女性研究者サイエンスグラント賞を受賞し、研究室メンバー(藤森茂雄)は、2010年7月、理研七夕フェローに選ばれた。
図2 IVV法によるヒト転写因子の相互作用領域(IR)ネットワーク解析
